日本庭園、レトロな建物、古い町並みなどを巡っています。
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旅の記録・兵庫編:姫路城

旅の記録11回目。

倉敷の次に向かったのは、

国宝『姫路城』。

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平成21年(2009)から行われていた

「平成の修理」も終わり、

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ようやく美しい姿が公開されました。

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別名を「白鷺城」。

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その名の通り、

真っ白なお城に生まれ変わりました。

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姫路城の始まりは、

諸説あるようですが、

南朝:正平元年、北朝:貞和2年(1346)、

赤松貞範による築城とする説が有力。

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戦国時代後期から安土桃山時代にかけて、

黒田氏、羽柴氏が城代になると、

本格的な城郭が築造されます。

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関ヶ原の戦い後、

城主となった池田輝政によって、

今日見られる大規模な城郭が築城されました。

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江戸時代には姫路藩が治め、

同時に西国探題(仕事は西国の外様大名の監視)が設置されますが、

城主となる大名が度々交替。

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池田輝政から

版籍奉還が行われた時の酒井忠邦まで、

270年間、

631代が城主を務めました。

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江戸時代初期に建てられた

天守や櫓などの主要建築物が現存。

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建築物は国宝や重要文化財に、

城跡は国の特別史跡に指定されています。

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ユネスコの世界遺産にも登録され、

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日本100名城にも選定されています。

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羽柴秀吉が居城し、

その後の出世の拠点となったことから、

「出世城」とも呼ばれます。

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探訪日:2015.08.18


by j-garden-hirasato | 2015-09-23 08:06 | 歴史的建物 | Comments(20)

城郭探訪:岐阜城

岐阜そぞろ歩き第4弾。

岐阜公園からロープウェイで、

金華山山頂にある『岐阜城』に行くことができます。

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行ってみました。

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パワースポットということですが、

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家元は個人名…。

ここからいよいよ山城へ。

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石の階段が続きます。

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この岐阜城は、

建仁元年(1201)、

鎌倉幕府執事・二階堂行政により

初めて砦が築かれたといわれています。

岐阜城に到着。

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戦国時代には斎藤道三が居城とし、

永禄10年(1567)、

織田信長がこの城を攻略し、

信長が城主となりました。

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信長は、

「井の口」と呼ばれていた地名を「岐阜」に、

「稲葉山城」を「岐阜城」に改めました。

お城の最上階からは、

最高の絶景が望めるはずでしたが、

残念…。

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信長は、

天正4年(1576)に岐阜城を息子・信忠に譲るまでの間、

「天下布武」を用いて天下統一の志をかかげ、

城下町の復興に力を注ぎ、

楽市楽座の保護など、

当時としては斬新な政策を行い、

岐阜城下は大変な賑わいでした。

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天気が良ければ、

こんな景色を見ることができたはず…。

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慶長5年(1600)、

関ヶ原合戦の前哨戦の際、

信長の孫・秀信が西軍に味方したため、

東軍に攻め入られ、

激戦の末落城、

天守閣・櫓等は加納城に移されました。

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現在の城は、

昭和31年に復興されたものです。

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探訪日:2015.01.30


by j-garden-hirasato | 2015-02-25 06:29 | 歴史的建物 | Comments(22)

城郭探訪・大阪編:岸和田城

関西探訪記の12回目。

今回は、城郭探訪。

万博記念公園の次に訪れたのは、

『岸和田城』。

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建武新政期に

楠木正成の一族・和田高家が築いた、

と伝承されています。

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天正13年(1585)、

羽柴秀吉は紀州根来寺討伐後、

伯父の小出秀政を城主とし、

秀政によって城郭は整備されました。

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天守閣は、

この時に築かれました。

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小出秀政・吉政・吉英、

松平(松井)康重・康映をへて

寛永17年(1640)、

岡部宣勝が入城し、

以後明治維新まで

岡部氏13代が岸和田藩を治めました。

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天守閣は、

文政10年(1827)に落雷により焼失。

現天守閣は、

昭和29年(1954)に建造された模擬天守です。

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絵図によると、

本来は5層の天守でしたが、

再建されたのは33階。

構造も鉄筋コンクリート造。

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城跡は、

府の史跡に指定されています。

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眼下には、枯山水庭。

次回のアップです。

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探訪日:2014.03.29


by j-garden-hirasato | 2014-05-10 06:52 | 歴史的建物 | Comments(18)

城郭探訪:松本城(その2)

松本そぞろ歩きの第4弾。

松本城の2回目。

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真ん中の高い建物が大天守、

右側は乾小天守、

その間に渡櫓、

左側は辰巳附櫓、

その手前に月見櫓です。

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天守の分類上は、

連結式望楼型、

あるいは、複合連結式層塔型56階と言われます。

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戦国時代の永正年間(1504-1520)、

松本平の治めていた信濃守護家・小笠原氏が

支城の一つとして「深志城」を築城されたのが始まりです。

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その後、

甲斐・武田氏の侵攻を受け小笠原氏は没落、

武田氏は深志城を拠点として

松本平を支配下に置きます。

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武田氏滅亡後の天正10年(1582)、

徳川家康の配下となった小笠原貞慶が旧領を回復し、

「松本城」に改名します。

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その後、

徳川家の関東移封に伴い、

当時の松本城主・小笠原秀政も下総古河へと移り、

代わりに石川数正が入城し、

石川数正とその子・康長が天守を始め、

城郭・城下町の整備を行います。

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大坂の陣以後は、

松平康長や水野家など松本藩の居城となり、

水野家の後は、戸田松平家が代々居城としました。

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明治維新後、

明治5年(1872)には天守が競売にかけられ、

一時は解体の危機に見舞われますが、

地元の有力者の尽力によって買い戻されます。

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明治30年代頃より天守が大きく傾き、

これを憂いた旧制松本中学校長の小林有也らにより、

「天主保存会」が設立され、

明治36年(1903)より大正2年(1913)まで

「明治の大修理」が行われます。

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昭和25年(1950)から昭和30年(1955)まで

国宝保存事業第1号として「昭和の大修理」が行われました。

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天守・乾小天守・渡櫓・辰巳附櫓・月見櫓の5棟が

国宝に指定されています。

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日本100名城にも選定されました。

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訪れたのは、まだまだ寒い時期でした。

 

探訪日:2014.02.01


by j-garden-hirasato | 2014-03-22 07:36 | 歴史的建物 | Comments(20)

城郭探訪:松本城(その1)

松本そぞろ歩きの第3弾。

今回は、

松本のシンボル『松本城』。

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まずはお堀越しに、

ぐるっと4分の1回転。

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この日は、

見事な倒景が見られました。

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ただ、

お堀の水の汚れが気になりますが…。

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現存する12天守の一つであり、

うち国宝4天守の一つ。

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別名「烏城」とも呼ばれていますが、

文献上には、

「烏城」という表記は出てこないようです。

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お堀では、

白鳥が鯉と餌争いをしていました。

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黒門・二の門から本丸に入ります。

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一の門の櫓門。

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二の門は平成2年(1990)の復元、

一の門は昭和35年(1960)に復興されたものです。

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次回、

松本城に登ります。

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探訪日:2014.02.01


by j-garden-hirasato | 2014-03-18 06:58 | 歴史的建物 | Comments(14)

城郭探訪:大阪城

大阪探訪第7弾。
大阪2日目。
『大阪城』に行きました。
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別称、「金城」あるいは「錦城」。
地元大阪では、
「太閤さんのお城」と呼ばれているようです。
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この地にお城を最初の築いたのは、
豊臣秀吉。
天正11年(1583)から4期に分けて工事が行われ、
慶長3~4年(1598-99)頃に、
のべ15~16年の歳月をかけ
完成されたとされています。
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秀吉が築いた大阪城は、
大坂夏の陣で豊臣氏の滅亡とともに焼失。
その後、
2代将軍・徳川秀忠が大阪城を再建します。
寛永6年(1629)のことです。
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徳川幕府は、
豊臣氏の影響力を払拭するように
もとの大坂城に数メートルも盛土し、
縄張も改めて再建したと言われています。
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江戸時代には、
度重なる火災で損傷と修復を繰り返し、
寛文5年(1665)には落雷によって天守を焼失。
それ以後、天守は再建されませんでした。
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明治新政府は城内を陸軍用地に転用。
昭和3年(1928)、
天守再建を含む大阪城公園整備事業が
昭和天皇の即位記念事業としてスタート。
昭和6年(1931)、
復興天守、第4師団司令部庁舎(大阪市立博物館)が竣工。
大阪城公園が開園しました。
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現在の城は、
鉄骨鉄筋コンクリート造です。
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昭和34年(1959)の学術調査によって、
現存する櫓や石垣などは
徳川期のものであることが判明しています。
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城跡は、
国の特別史跡に指定されています。
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撮影日:2012.03.23
by j-garden-hirasato | 2012-05-16 21:31 | 歴史的建物 | Comments(20)

鳥取探訪:鳥取城跡

鳥取探訪第2弾。
鳥取は、
池田家の城下町として発達した町です。
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町を見下ろすように久松山があり、
その地形を利用した山城として、
鳥取城は築かれています。
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お城が最初に築城されたのは、
戦国時代の中頃の天文年間。
因幡の守護であった山名誠通とされています。
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豊臣秀吉の中国征伐では、
兵糧攻めにあい、
城主・吉川経家の自決と引き換えに開城した、
という、悲しい歴史があります。
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元和3年(1617)、
池田光政が32万5千石で入城、
城下町の整備が行われました。
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その後、
所領交換により池田光仲が入封、
そのまま12代続いて明治維新を迎えます。
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もともとは、
久松山の山頂に天守がありましたが、
元禄5年(1692)、
落雷による火災で焼失。
その後、天守は再建されませんでした。
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明治6年(1873)の廃城令により、
陸軍省の所管となり、
建物はすべて払い下げられてしまいました。
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現在は、石垣が残るのみ。
国の史跡であり、
日本100名城のも選定されています。
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平成18年(2006)から30年の歳月をかけ、
幕末期の姿へ復元する計画のようです。
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探訪日:2011.08.31
by j-garden-hirasato | 2011-09-12 06:11 | 文化財 | Comments(22)

史跡探訪:荒砥城跡

戸倉上山田探訪第8弾。
前回まで紹介した「ちょっと気になる」エリアに隣接して、
『荒砥城跡』(あらとじょうし)があります。
今回は、至ってノーマルな内容。
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城主 浅井長政(時任三郎)
荒砥城にて死す!
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大河ドラマ「江」のロケ地だったのですね。
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荒砥城は、
戦国時代、
甲斐の武田氏と敵対関係にあった村上氏の
支族だった山田氏によって築かれた山城です。
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村上氏の本城・葛尾城の支城としての役割を果たしていました。
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川中島の合戦の頃は、
武田軍と上杉軍による争奪戦が繰り広げられた要所。
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天正10年(1582)に武田氏が滅亡、
上杉景勝が川中島を統治するようになると、
屋代秀正が海津城副将になり、
荒砥城は、
清野、寺尾、西条、大室、保科、綱島、綿内
の各氏による城番管理が行われました。
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翌天正11年(1583)、
屋代秀正は徳川家康と通じ荒砥城に籠城。
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後に上杉氏に攻められて落城。
以降、廃城となりました。
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平成7年(1995)、
城山史跡公園として整備され、
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頂上部に本郭、
その下段に二の郭、櫓、兵舎が復元されています。
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城としては、
絶好のロケーションでした。
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探訪日:2010.04.04
by j-garden-hirasato | 2011-05-05 04:46 | 文化財 | Comments(22)

城郭探訪:松本城(その2)

松本探訪第11弾。
『松本城』の2回目。
天守に入ります。
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天守の高さは29.4m。
五層六階の建物です。
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薄暗い通路を進みます。
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天井は低く、
階段もとても急です。
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天守の最上階。
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松本盆地、北アルプスの山並みが望めます。
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絶景かな、絶景かな。
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天守四階は「御座の間」。
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お殿様の部屋です。
f0049074_520346.jpg

寒いこの時期、
城内には暖房器具もなく、
室温は外と同じ。
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でも、
普段見ることができない景色が堪能できました。
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全国のお城、
探訪したくなりました。
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撮影日:2011.02.16
by j-garden-hirasato | 2011-03-31 05:21 | 文化財 | Comments(18)

城郭探訪:松本城

松本探訪第10弾。
以前にも紹介した『松本城』ですが、
最近、お城の本を読んで探訪心がくすぐられ、
訪れました。
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「烏城」とも呼ばれる真っ黒な城。
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戦国時代、
信濃守護であった小笠原氏が、
「深志城」を築城したのが始まりとされています。
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その後、
武田氏がこの城を拠点に松本平を支配しますが、
武田氏滅亡後の天正10年(1582)、
徳川家康の配下となった小笠原貞慶が
「松本城」と名前を改めます。
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天正18年(1590)の秀吉の小田原攻めの後、
小笠原氏に代わり石川数正が入城。
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数正とその子・康長が、
天守をはじめ、
城郭、城下町の整備を行いました。
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その後、
小笠原秀政が返り咲き、
大阪の陣の後は、
松平氏、堀田氏、水野氏が松本藩の居城としました。
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水野氏以降は、
戸田松平氏が代々居城とし、
明治をむかえます。
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各地でお城が破壊されるなか、
この松本城でも天守が競売にかけられますが、
地元有力者の尽力で買いもどされ、
今に姿を残しています。
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建築当初の姿を残すお城としては、
犬山城、丸岡城に次ぐ、
三番目に古いものです。
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昭和5年(1930)に国宝に指定。
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建築構造的には「連結複合式」と呼ばれ、
本天守に櫓が付帯したような構造になっています。
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撮影日:2011.02.16
by j-garden-hirasato | 2011-03-29 05:16 | 文化財 | Comments(20)