日本庭園、レトロな建物、古い町並みなどを巡っています。
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史跡探訪:登呂遺跡

静岡レポート第5弾。
しばらく、
全面改修のため閉鎖されていた登呂遺跡。
ようやく一部が公開されました。
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登呂遺跡は、
弥生時代の代表的な遺跡として、
教科書にも載っています。
(今も載っていると思いますが…。未確認です)
f0049074_20395100.jpg

太平洋戦争の最中の昭和18年(1943)、
軍事工場建設の際に発見され、
戦後間もない昭和22年(1947)、
考古学、人類学、地質学など
各分野の学者が参加して、
日本で初めて総合的な発掘調査が行われました。
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発掘調査の結果、
12棟の住居、2棟の倉庫の跡が確認され、
その南には水田跡も見つかりました。
f0049074_20393721.jpg

昭和27年(1952)には、
国の特別史跡に指定されました。
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平成18年(2006)から、
博物館や竪穴式住居の建て替えなど、
史跡地内の全面的な再整備が行われています。
今回の一部公開では、
竪穴式住居3棟、高床式倉庫2棟が
公開されていました。
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さすがに全国的に有名な史跡です。
一部公開でも、
ひっきりなしに親子連れが訪れていました。
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全面公開の予定は、平成23年(2011)。
もう少し時間がかかりますが、
どのように周辺整備が進められるのか、
楽しみです。
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200年では、
弥生時代に追いつきません。
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整備がすべて完了したら、
また、訪れたいです。
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撮影日:2009.08.17
by j-garden-hirasato | 2009-09-29 20:41 | 文化財 | Comments(18)

レトロ探訪:宇津ノ谷隧道

静岡レポート第4弾。
(秋になってからは第2弾)
今回は、土木遺産がテーマです。
東海道は古くから東西交通の要として、
道の整備が進められてきました。
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律令時代には官道として整備され、
この道が近世の東海道へと発展したと考えられています。
慶長6年(1601)に徳川家康が宿駅制度を定め、
古代・中世の道を改修整備したのが東海道です。
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そんな東海道の中で、
静岡と藤枝の間にある宇津ノ谷峠は、
旅人の行く手を阻む難所でした。
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明治6年、地元の有志が結社を創立し、
明治7年からトンネル工事に着手。
総工事費26517円96銭、労役人夫延べ15万人をかけ、
明治9年に開通させたのが宇津ノ谷隧道です。
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開通当初は有料でした。
通行料は、大人2厘、子供は1厘。
日本最初の有料トンネルです。
明治22年に東海道線が開通するまでの約13年間は、
ただ一つの東西の交通路でした。
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明治29年に照明用のカンテラの失火で、
一時使用不能になりますが、
明治36年にトンネル工事が着工され、
明治37年に完成したのが、
現在の赤煉瓦トンネルです。
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全長203m、高さ3.9m、幅4.0mの赤煉瓦造トンネル。
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その後、自動車時代の到来で、
昭和5年、
このトンネルの西側に近代的なトンネルが開通し、
あまり使われなくなりました。
そして、平成9年。
この遺産を後世に残すため、
国の登録有形文化財に指定されました。
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この宇津ノ谷峠には、
それぞれの時代に応じて整備されたトンネルがあります。
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赤煉瓦トンネルは「明治のトンネル」と呼ばれ、
昭和5年に開通したトンネルは「大正のトンネル」、
(工事の着手が大正期だったため)
昭和34年に開通した「昭和のトンネル」、
さらに、平成7年に開通した「平成のトンネル」です。
車社会の拡大が実感できます。
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岡部宿は、
かつて宿場町として栄えました。
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旅籠など昔の町並みが今でも残され、
レトロなトンネルとともに、
いい雰囲気を醸し出しています。 
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撮影日:2009.08.16
by j-garden-hirasato | 2009-09-26 05:06 | 土木遺産 | Comments(16)

静岡の庭園:柴屋寺

秋なのに、
夏・静岡レポートの続きです。
静岡の庭園探訪:柴屋寺庭園。
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柴屋寺は、
静岡市の西部、宇津山の麓に位置する
臨済宗妙心寺派のお寺です。
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駿河国島田出身で、
今川義忠・氏親にも仕えた連歌師・宗長が
晩年結んだ草庵が始まりです。
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宗長は、
義忠の没後は京都に移り、
一休禅師とも親交が厚く、
一休禅師の没後は酬恩庵に住んで、
菩提を弔っています。
その後駿河に戻り、
今川氏親に仕えました。
草庵を寺院に改めたのは今川氏親です。
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宗長は、
「急がば回れ」を唱えたとされています。
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本堂から眺める山の端から昇る満月が見事なようで、
吐月峰という峰名があり、
この山を借景しています。
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庭園は、
国の名勝に指定されています。
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本堂の座敷から眺める座鑑式枯山水庭園。
宗長の自作で、
京都の銀閣寺を模したと伝えられています。
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池の回りには、
北斗七星を形どった七曜石が配置され、
この七曜石と昇った月とで、
大宇宙を表している、とされています。
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古庭園の雰囲気は感じられますが、
全体的に掴みどころがなくて、
ちょっと迫力不足。
名勝という名に惹かれて訪れると、
少し期待はずれかもしれません。
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撮影日:2009.08.16
by j-garden-hirasato | 2009-09-23 18:49 | 庭園 | Comments(18)

散歩の景:実りの秋

朝晩、めっきり涼しくなりました。
早朝の犬の散歩にも気合いが必要です。
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稲刈り間近か。
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まさに、
実りの秋です。
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朝日に輝く、
黄金色の絨毯です。
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今朝は天気も最高でした。
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でも、
どこにも出かけませんでした。

撮影日:2009.09.21
by j-garden-hirasato | 2009-09-21 16:47 | 日常 | Comments(12)

庭園探訪:好古園

夏の広島、ようやく最終章。
広島からの帰り道、
小休止のため立ち寄った姫路城。
その城内に日本庭園群があります。
『好古園』です。
正式には、『姫路城西御屋敷跡庭園』。
姫路市の市制百周年を記念して築造された庭園です。
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京都大学教授・中村一氏の設計監修を受け、
平成4年に開園されました。
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好古園の愛称は、
姫路藩の藩校であった「好古堂」にちなんで命名されたもの。
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発掘調査で確認された
西御屋敷(1618年造営)や武家屋敷の遺構をそのまま活かし、
屋敷割りごとに築地塀が設けられ、
当時の武家屋敷の町並みが復元されました。
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江戸時代にタイムスリップしたような感覚になります。
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それぞれの武家屋敷に、
大小九つの日本庭園が配されています。
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もっとも規模が大きく見応えのあるのが、
「御屋敷の庭」。
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瀬戸内海を表した池の周りを周遊する池泉回遊式庭園です。
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ほかに、
茶の庭、築山地泉の庭、松の庭、夏木の庭、
流れの平庭、竹の庭、花の庭、見本園があります。
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どの庭園も、
まだまだチャキチャキの新人です。
落ち着きが出るまで、
もう少し待ちましょう。
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この庭園と武家屋敷の町並みは、
大岡越前、水戸黄門、暴れん坊将軍など
時代劇のロケにも使われているようです。
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この日は、
暑い一日でした。
姫路城散策でちょっとバテた娘を
庭内のレストランで待たせての散策になりました。
時間に余裕がなかったのが
ちょっと残念でした。
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探訪日:2009.08.03
by j-garden-hirasato | 2009-09-19 20:39 | 庭園 | Comments(12)

そぞろ歩き:下諏訪その2

雨降りの中を訪れた下諏訪。
雨は一向に止む気配はなく、
結局一日降っていました。
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中山道は、
東海道の裏街道として発達した江戸と京都を結ぶ大街道。
その中間地点であり、
甲州街道の終着点でもあった下諏訪は、
当時、交通の要であり、
宿場町として大いに栄えました。
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最盛期には45軒の旅籠が軒を連ね、
本陣も置かれました。
それが岩波家です(庭園探訪にて、後日アップ予定)。
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中山道唯一の温泉がある宿場町として、
人々に重宝がられました。
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下諏訪の町中には、
当時の街道の雰囲気が感じられる建物が多く残されています。
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往時の街道の賑わいを垣間見ることができます。
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その下諏訪の宿場町から少し北に行ったところ、
下社・春宮のすぐ裏に、
変わった形の仏様があります。
「万治の石仏」です。
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万治という名前の由来は、
石仏の胴部に刻まれた
「万治3年(1660)11月1日」の文字からです。
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こんな伝説があります。
「春宮の石鳥居の石材としようと石工がノミを入れると、
そこから血があふれ出てきた。
石工は祟りを恐れて仕事をやめたが、
その夜、石工の夢枕で、
上原山に良い石材があると告げられた。
その山に行くと、お告げのとおり石材が見つかり、
石鳥居を無事、完成することができた。
石工達は、
この石に阿弥陀如来を祀って記念した。」
というもの。
お参りにも作法があります。
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ちゃんと、お参りしてきました。
願いは、叶うでしょうか。
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撮影日:2009.09.12
by j-garden-hirasato | 2009-09-16 06:00 | 町並み | Comments(14)

そぞろ歩き:伊那&下諏訪

日曜日はよく晴れましたが、
土曜日は結構の雨降りでした。
伊那で
日本女子ソフトボールリーグ
1部リーグの試合が開催されるというので、
雨の中、電車で出かけました。
結果、その日の試合は中止。
2時間半もかけて来たのに…。
あれだけ降ったならしょうがないですが…。
で、伊那の町を少しブラブラと。
ん?
これは…。
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なかなかいいものに出会えました。
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究極の残地利用。
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たまには、
ブラブラするのもいいものです。
このまま帰るのも、
ちょっと悲しいので、
下諏訪に行きました。
ここには、
以前から訪れようと思っていた庭園があります。
(そのレポートは後日)
下諏訪は、
諏訪大社下社の春宮、秋宮のある由緒ある町。
古い建物もそこそこ残っていて、
風情があります。
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そして、御柱の町。
空き店舗のシャッターもこの通り。
f0049074_5503916.jpg

御柱が描かれています。
で、
またまたおもしろいもの発見!
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菅野温泉。
ユニークな場所に立地しています。
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地元の人の温泉です。
写真を撮っている間にも、
何人も入りに来ていました。
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そして、
古い建物と看板のコラボ。
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なかなか楽しい組み合わせです。
f0049074_5523194.jpg

下諏訪探訪、続く。

撮影日:2009.09.12
by j-garden-hirasato | 2009-09-14 05:52 | Comments(14)

城郭探訪:松本城

お城関連をもう一つ。
7月のとある日曜日。
娘のソフト(中学)の県大会が松本でありました。
少し時間に余裕があったので、
松本城に寄ってから会場に向かいました。
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松本城は、
その外観の色から「烏城」と呼ばれています。
f0049074_511816.jpg

この地に居を構えていた小笠原氏が、
永世年間(16世紀初頭)に深志城を築城し、
これがお城の始まりとされています。
f0049074_513893.jpg

現在の天守は、
徳川家の関東移封の際、
小笠原氏も下総古河に移ったことから、
その後に入城した
石川数正とその子・康長が築いたものです。
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江戸時代は、
戸田松平家が代々居城としてきました。
f0049074_522099.jpg

明治維新後は、
明治5年に天守が競売にかけられ、
解体の危機に瀕しますが、
地元有志の尽力により買い戻され、
難を逃れました。
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明治の大修理(明治36年~大正2年)、
昭和の大修理(昭和25~30年)を経て、
その雄姿を現代に伝えています。
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天守を有するお城は国内で12城。
昭和11年に国宝に指定されています。
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大天守は五重六階。
北面に乾小天守を渡櫓で連結し、
東面に辰巳附櫓、月見櫓を配した複合連結式天守。
実に複雑な構造です。
f0049074_535893.jpg

城というと左右対称のイメージですが、
よく見るとそうではありません。
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城内では、本格的な煎茶も振る舞われていました。
f0049074_544035.jpg

高速道路料金一律1000円の影響でしょうか、
天守に入るのに長蛇の列。
今回は入るのを止めました。
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探訪日:2009.07.19
by j-garden-hirasato | 2009-09-11 05:05 | Comments(18)

伊那にて

先の土日、
少女ソフト大会が富士見町でありました。
土曜日は残念ながら応援に行けませんでしたが、
勝ち進んでくれたので、
日曜日、応援に行きました。
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結果、見事優勝です。
おめでとう!
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大会は午前で終了。
その後、
ちょっとした用事を済ませるため、
伊那へ行きました。
伊那には、
なかなかユニークな小学校があります。
伊那小学校です。
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この小学校、
何と、通知票を廃止しています。
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クラスの呼び名も「何年何組」ではなく、
漢字一文字がクラス名になっています。
(「各学級の実践」を参照)
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この校舎も、
かなり年期が入っています。
義父(70才)もこの校舎で学んだとのこと。
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校庭にある遊具も昔のまま。
懐かしいですねえ。
f0049074_5471746.jpg

こういう手作り感のある遊具、
ほんと、見なくなりました。
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伊那谷は河岸段丘。
高低さが激しいところです。
校庭も一段下にあります。
f0049074_548660.jpg

斜面が観覧席になっています。
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伊那といえば、
いろいろなユニークな食べ物もあります。
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長野に住んで20年以上経ちますが、
未だに、
食べることができません…。
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撮影日:2009.09.06
by j-garden-hirasato | 2009-09-09 05:49 | 風景 | Comments(16)

城郭探訪:姫路城その2

世界遺産・姫路城の続きです。
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明治時代になると
全国のお城でそうだったように
この姫路城にも歩兵連隊が設置されます。
f0049074_5432990.jpg

そのほとんどが解体されてしまいますが、
地元からの強い要望で姫路城は解体には至らず、
明治43年(1910)には「明治の大修理」が行われています。
傾いた天守の修正が主な工事でした。
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昭和9年(1934)の豪雨で、
西の丸・渡櫓が石垣もろとも崩壊したのを契機に、
昭和10年(1935)から「昭和の大修理」が開始されますが、
太平洋戦争で一旦中断されます。
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太平洋戦争では姫路大空襲に見舞われますが、
幸いにも着弾した爆弾が不発だったりして、
お城本体は奇跡的に戦火を逃れました。
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「昭和の大修理」は昭和25年(1950)から再開。
大天守を含むすべての修理が完成するのは、
昭和39年(1964)のことです。
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「昭和の大修理」からほぼ半世紀。
大天守の白漆喰の塗り替え、瓦の葺き替え、
耐震補強を重点とした「平成の大修理」が
平成21年(2009)から予定されています。
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訪れたときは、
まだ始まっておらず、ラッキーでした。
f0049074_5455527.jpg

巨大な木造建築物としての配置バランスの良さと白漆喰の美しさ、
明治以前の封建制度の象徴、
さらに、日本の木造建築物として最高の建物ということから、
平成5年(2006)、
ユネスコの世界文化遺産へ登録されました。
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クネクネと複雑に曲がりくねった通路、
天守に至るまでに配された数多くの門、
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しかも、中には一人通るのがやっとの狭い門もあり、
実践で使われたら、
さぞかし、効果を発揮したと思われます。
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しかし、実際には一度も戦闘が行われず、
「不戦の城」という別名もあります。
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探訪日:2009.08.03
by j-garden-hirasato | 2009-09-06 05:47 | 歴史的建物 | Comments(17)