日本庭園、レトロな建物、古い町並みなどを巡っています。
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山梨探訪:舞鶴城公園

春休みで静岡の実家に遊びに行った娘を回収するため、
平日休みを取って、再び静岡に行ってきました。
その途中にあるのが、
武田信玄でお馴染みの甲斐の国・山梨。
実は山梨には、日本庭園が多く残されています。
その報告はボチボチと。
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訪れた日はポカポカ陽気、シャツ一枚でも汗ばむほどの暖かさ。
花見には最高ですね。
ちょうどお昼頃甲府に着いたので、
昼飯を兼ねて、舞鶴城公園に行きました。
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この舞鶴城公園、舞鶴城がここにあったわけではなく、
もともとは『甲府城』がありました。
公園の名前が舞鶴城公園です。
甲府城は、慶長5年(1600)の頃、
当時この地を治めていた浅野長政が完成したとされています。
江戸時代に入ると徳川義直(家康の九男)、忠長(2代将軍秀忠の三男)など
徳川家一門が城主となり城番・城代制がしかれました。
宝永2年(1705)には、徳川家以外の大名として柳沢吉保が領主となり、
甲府の町は城下町としても発達したようです。
明治になり廃城となり、その後公園として開放されました。
平成2年から整備事業が実施され、
石垣の改修、門や塀の復元、園路・広場の再整備が行われ、
現在のような姿になりました。
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最近整備されたばかりなので、
しっとりした歴史的な重みのようなものはあまり感じられませんでしたが、
この公園、とにかく景色が抜群です。
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桜もほぼ満開。
気持ちいいですね。
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お昼休みの時間だったので、
たくさんの人が訪れていました。
お弁当を広げる人、昼寝をする人。
春休みなので、親子連れも多く見かけました。
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市民に親しまれる舞鶴城公園、
甲府を訪れた際には、ぜひ行ってもらいたい場所です。
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探訪日:2008.03.27
by j-garden-hirasato | 2008-03-30 06:13 | 公園 | Comments(16)

静岡探訪:駿府城二ノ丸東御門・巽櫓

娘が春休みになり、
静岡の実家に遊びに行きたい、ということなので、
娘を預けに、土日で静岡に行ってきました。
静岡には年に数回里帰りしていますが、
駿府公園に復元された駿府城二ノ丸東御門と巽櫓、
ちゃんと見学したことがなかったので、
今回訪れることにしました。
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駿府城は天正17年(1586)、徳川家康が築城しました。
そのときは、現在の二ノ丸以内の部分までで天守閣もありました。
その後、豊臣秀吉の命で家康は関東に国替えとなり、
中村一氏が城主となります。
秀吉の亡き後、関ヶ原の戦いで勝利した家康は、
慶長8年(1603)に征夷大将軍に任じられ徳川幕府を開きます。
慶長10年(1605)には将軍職を2代秀忠に譲り、
再び駿府城に入り、隠居生活を送りました。
このときに、天正期の駿府城を三ノ丸まで拡張し、
また、駿府の町割りや安倍川の治水工事を実施するなど、
現在の静岡市の市街地の原型が造られました。
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自分の育った場所の歴史をちゃんと勉強したのは、
はじめてのような気がします。
今まで、何をしていたんでしょう…。
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平成元年に巽櫓が、平成8年には二ノ丸東御門が復元されました。
建物内は展示スペースになっていて、駿府の歴史が勉強できます。
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東御門は二ノ丸の東に位置する主要な出入口でした。
上から見るとコの字の形をした枡形門です。
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鉄砲狭間や矢狭間が設けられた実践的な門。
江戸時代初期は、まだまだ戦国時代の色が強く残っていたんですね。
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巽櫓は巽(辰巳)の方角に位置することからこの名で呼ばれました。
幕末に近い安政大地震で全壊してしまったと考えられています。
三層二重の入母屋造、駿府城の櫓の中では最も高い櫓でした。
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天守閣は寛永12年(1635)に城下の出火で焼失してしまいましたが、
現代の天守閣がかつての城内にそびえ立っています。
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本丸にではなく、三ノ丸ですが。
福井城では本丸でした。
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探訪日:2008.03.23
by j-garden-hirasato | 2008-03-25 05:31 | Comments(20)

庭園の仕掛け:水琴窟

『水琴窟』をご存知ですか。
『ししおどし』とともに、日本庭園で音を演出する装置です。
地面の中に瓶を伏せて底に水を溜め、
そこに水滴を落します。
キーン、キーン。
微かな、でも、とても上品な音。
聞いたこと、ありますか。
京都は妙心寺塔頭・退蔵院の余香園の水琴窟です。
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蹲の下に瓶が埋められています。
水琴窟自体は、江戸時代中期に発明されたとされています。
江戸時代後期には一旦廃れ、
明治時代に再興されるも再び廃れ、
最近になって、ようやく注目されるようになりました。
鎌倉の浄妙寺。
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竹筒を通じて音を聞きます。
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それほど微かな音です。
京都の圓光寺。
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近年に作庭された庭園で多く見られます。
何かと喧騒なこの時代、
こういう素敵な演出もあります。

探訪日:いろいろ
by j-garden-hirasato | 2008-03-22 11:52 | 庭園 | Comments(22)

庭園の美:幾何学模様その2

重森三玲の大胆な庭園デザインとして、
市松模様については前回紹介しましたが、
ほかにも大胆なデザインがあります。
雲形定規の曲線を
そのまま庭園に取り入れたクネクネ曲線です。
このクネクネの幾何学模様を見れば、
三玲の作庭であることが一目瞭然。
まず、東福寺の塔頭・霊雲寺の庭園から。
色も形も大胆です。
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砂紋まで渦巻きの模様。
続いて、重森三玲庭園美術館。
自邸に作庭した庭園にもクネクネを多用。
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長野の北野美術館でもクネクネ。
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木曾の興禅寺のクネクネは、まさに雲の形。
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その名も「看雲庭」。
龍吟庵では雷雲はクネクネ、雷はカクカク。
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松尾大社では、流れ自体がクネクネ。
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大徳寺塔頭・瑞峯院では、砂紋がクネクネ。
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同じく瑞峯院。
雲の上を歩くように打たれた飛び石。
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クネクネではありませんが、
東福寺塔頭・光明院です。
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こんな大胆な刈込みを配するのも、
三玲ならではですね。

探訪日:いろいろ
by j-garden-hirasato | 2008-03-17 05:44 | 庭園 | Comments(18)

庭園の美:幾何学模様

日本庭園は自然素材の組み合わせでだから幾何学模様はない、
というわけではありません。
庭園の導入部である『延べ段』では
幾何学模様が多く見られます。
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庭園の一部になった延べ段もあります。
南禅寺塔頭・天授庵の庭園です。
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でも、幾何学模様は延べ段だけではありません。
昭和を代表する作庭家・重森三玲は、
この幾何学模様を多用しました。
重森の庭園がポストモダンと呼ばれる由縁です。
まず、代表作の東福寺方丈の庭園。
青苔が美しい北庭です。
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青苔が千鳥に貼られています。
さらに、サツキを大胆に刈り込んだ西庭。
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この市松模様は古くから日本にあるデザインですが、
これを日本庭園に取り入れたのが重森のすごいところです。
東福寺塔頭・普門院の庭園では、
砂紋で市松模様が描かれています。
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重森三玲庭園美術館では、大胆にも茶室の襖に市松模様が。
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三玲が自らデザインしたものです。
木曾の興禅寺庭園では、庭園前のスペースに。
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すごいインパクトです。
庭園の美といいながら、
結局、重森三玲の庭園紹介になってしまいました。
これまでの日本庭園の概念を覆した重森三玲。
やはり偉大な作庭家です。
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探訪日:いろいろ
by j-garden-hirasato | 2008-03-13 04:32 | 庭園 | Comments(26)

東京の庭園:六義園

今回の東京・神奈川の庭園探訪、
最後の探訪地は『六義園』です。
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六義園は、元禄15年(1702)に川越藩主・柳沢吉保が
自ら設計・指導して作庭された回遊式池泉庭です。
園内には「万葉集」や「古今和歌集」に詠まれた
八十八箇所の景色が名勝として設けられ、
吉保の文学的教養と趣味が色濃く反映された庭園です。
明治時代には三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎の別邸となりますが、
昭和13年に東京市に寄附され、
現在は、国の特別名勝に指定されています。
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中の島の築山は「妹山・背山」。
「妹」は女性、「背」は男性を表しています。
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池の中の洞窟石組の島は、
神仙思想に基づく「蓬莱島」です。
仙人の住む島、とされています。
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奇石も多し。
これは陰陽石。
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これも変わった石ですね。
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園内で一番高い築山「藤代峠」は
別名を「富士見山」と呼ばれています。
今は巨大なビルが立ちはだかり…。
今でも富士山は眺められるんでしょうか。
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清澄庭園にはカモメが多かったですが、
この六義園ではカラスです。
夕暮れの時間だったのでカーカー鳴きっぱなし。
カラスのお宿になっているんですね。
都会ならではの庭園の音の風景です。
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探訪日:2008.1.31
by j-garden-hirasato | 2008-03-09 07:23 | 庭園 | Comments(22)

東京の庭園:朝倉彫塑館

出張ついでの庭園探訪2日目。
朝から山下公園、三渓園と巡ったのち、
谷中にある『朝倉彫塑館』に行きました。
日本彫塑界の最高峰と称されている朝倉文夫の記念館です。
この朝倉彫塑館は、今回の東京出張で庭園の存在を知ったので、
急きょ訪れることにしました。
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朝倉文夫は日本の近代彫塑の技法を確立した人物。
この地に鉄筋コンクリート造りのアトリエと数奇屋造りの住居を構えました。
この建物は、朝倉自身が設計を手がけ、
昭和3年から5年の歳月をかけて建築されたものです。
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これらの建物に囲まれて日本庭園が造られています。
この「五典の水庭」と呼ばれる庭園も、
建物同様、朝倉自身が設計したものです。
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「五典」とは、儒教の五常を象徴した「仁・義・礼・智・信」のこと。
庭園にはこの五つの巨石が配されているということですが、
現在、この庭園が眺められる和室へは入場禁止。
建物の耐震強度不足のため、だそうです。
補強工事の予定もあるようなので、
工事終了後に、改めて訪れたいと思います。
せっかく来たので、屋上から一枚。
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この記念館には屋上庭園もあり、これがなかなか面白い。
家庭菜園があり、オリーブの樹も植えられています。
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今でこそ屋上庭園が注目されていますが、
昭和の時代にすでに屋上庭園とは、驚きです。
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この像は誰でしょうか。
朝倉自身でしょうか。
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この変化の激しい都会の景色、
どのように写っているのでしょう。
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探訪日:2008.1.31
by j-garden-hirasato | 2008-03-05 05:01 | 庭園 | Comments(18)

東京の庭園:清澄庭園

葛飾柴又を後に、『清澄庭園』に向かいます。
本当はもうひとつ庭園を廻る予定でしたが、
今回はあくまで仕事がメイン、無理は禁物です。
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清澄庭園は、明治を代表する回遊式池泉庭園であり、
東京都指定の名勝庭園です。
一説には江戸の豪商・紀伊国屋文左衛門の屋敷跡と伝えられています。
その後は諸大名の下屋敷として用いられ、
明治11年に三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎の所有となりました。
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社員の慰安や貴賓を招待する場所として庭園は整備され、
『深川親睦園』と呼ばれていました。
大正12年の関東大震災や昭和20年の東京大空襲の際には避難地となり、
多くの人命を救った庭園でもあります。
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池は隅田川から水を引き込んだ潮入り庭園で、
潮の干満により庭園の趣に変化を付ける仕組みです。
自然のシステムをそのまま取り入れた庭園、すごい発想ですね。
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池の周りには岩崎家が全国各地から集めた奇石・珍石が配されています。
変わった形の庭石の数々、
これを眺めるだけでも楽しいものです。
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当日は天気がよかったこともあり、
平日なのに、多くの人が訪れていました。
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この清澄庭園、昔はもっと海岸の近くに位置していたはずですが、
海岸は埋め立てられ、今ではずいぶん内陸になってしまいました。
それにも関わらず、すごい数のカモメです。
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日本庭園にカモメは似合わないと思いますが、
みなさんはどのようにお感じですか。
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探訪日:2008.01.30
by j-garden-hirasato | 2008-03-02 20:43 | 庭園 | Comments(22)