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カテゴリ:町並み
大阪探訪に戻ります。
今回で第5弾。 名前はよく聞く『新世界』。 天王寺公園のすぐ隣でした。 ![]() 新世界は、 大阪市浪速区にある歓楽街。 通天閣を中心とした繁華街が広がります。 ![]() 明治36年(1903)に第5回内国勧業博覧会が開催、 その跡地利用として、 パリに見立てた町が作られました。 放射状3方向に通りが配置され、 その中央部に エッフェル塔を模した塔を建てることになりました。 それが「通天閣」です。 ![]() 1912年(明治45年)、 初代・通天閣が完成。 これがキッカケとなって、 新世界界隈には芝居小屋や映画館、飲食店が集まり出し、 歓楽街の様相を呈するようになりました。 ![]() 昭和18年(1943)、 軍の金属類回収令により初代・通天閣は解体、 鉄材は戦時供出。 昭和20年(1945)の大阪大空襲で 新世界も被災・壊滅しました。 ![]() 昭和22年(1947)、 ジャンジャン横丁が先ず復興し、 昭和31年(1956)、 2代目・通天閣が開業しました。 ![]() コテコテのハリボテの立体装飾、 いかにも大阪らしい光景です。 ![]() 見ていて実に楽しく、 活気が感じられる演出です ![]() こちらも、 なんとも大阪らしい光景。 ![]() 撮影日:2012.03.22 京都探訪第4弾。
朝、少し早起きして、 宿の周辺を歩きました。 ![]() 位置的には、 京都御所の西側、 二条城の北側辺りです。 ![]() 町名では、 上京区天秤町、上長者町…。 細分化されています。 ![]() 昔のままの細い道路。 車両のすれ違いができないので、 一方通行です。 ![]() 古い建物が多く残されています。 ![]() 同じ町屋でも、 個々に違った顔を持っています。 ![]() 個性的なファサード。 ![]() 基本は格子窓。 ![]() 通勤時間帯より、 少し早い時間帯の散歩。 ![]() 人通りもまだ少なく、 静かな散歩を楽しめました。 ![]() 撮影日:2012.03.22 小布施探訪第1弾。
所用があり北信濃・小布施に行ったので、 ついでに、町中+αを歩いてきました。 ![]() 小布施は、 長野県の北東・北信濃(北信ともいう)に位置する 人口1万1千人の小さな町です。 ![]() 幕末の頃、 地元の豪商・高井鴻山の招きで、 晩年の葛飾北斎が在住し、 多くの作品を残しました。 ![]() 北斎の作品を集めた『北斎館』を中心に、 歴史的遺産を活かしたまちづくりを行い、 今や、北信濃の観光の中心地的存在です。 ![]() この小さな町に、 年間110万人が観光で訪れています。 ![]() もともと栗の生産が行われており、 その栗を使った栗菓子でも有名でした。 ![]() 1987年(昭和62年)、 北斎館がある町並み修景地区に、 和菓子店・小布施堂本店が開業したのをきっかけに、 他の和菓子店も この地区に店舗を構えるようになりました。 ![]() 栗菓子のお店のオンパレード。 ![]() 狭い路地も魅力の一つです。 ![]() ゆっくり訪れるなら、 真冬以外がいいようです。 ![]() 最後に、夜の景。 ![]() なかなか雰囲気はいいのですが、 芯から冷えました。 ![]() 探訪日:2012.01.30 鳥取探訪第14弾
倉吉の5回目。 今回は、 建物以外の倉吉の魅力。 ![]() それは、路地です。 ![]() 車が通れないような細い路地が、 町のあちらこちらで見ることができました。 ![]() 昔の地割が そのまま残されています。 ![]() そして、 町中に鎮座される神様たち。 まず、 象頭のガネーシャ。 ![]() 「ヒンドゥー教の最高神シヴァの息子 愛の神、富の神、学問の神として、 崇められています。」(像の解説文より) ![]() 砕石敷きの駐車場です。 なんで、こんな場所に、こんな神様が? 駐輪場にも。 ![]() これは、 大阪のビリケンさん? 箱入り道祖神。 ![]() 行儀よく、 並んでいます。 笑い仙人。 ![]() 笑う門には福来る。 ![]() 商家の軒下で、 多く見かけました。 探訪日:2011.08.31-09.04
鳥取探訪に戻ります。
今回で第13弾、倉吉の4回目。 前回までは観光拠点を主に紹介しましたが、 古い町並みは、 観光拠点のエリアだけではなく、 その周辺にも広がっていました。 明治40年(1907)の築の『大社湯』。 ![]() 今も、営業しているようです。 ![]() 修復された建物もあります。 宝暦10年(1760)築の 倉吉市最古の町屋「倉吉淀屋」。 ![]() 「淀屋」の屋号をもつ牧田家は倉吉を代表する商家で、 淀屋橋で有名な大阪の豪商「淀屋」と関係があるようです。 ![]() 少し足を運ぶだけで、 ![]() 見応えのある、 風情を感じる建物に多く出会えます。 ![]() 小奇麗に修復もされていない、 手付かず状態の建物がほとんどですが、 それなりに魅力があります。 ![]() これら資産をいかに活かすのか、 将来が楽しみです。 ![]() 倉吉は、 そんな期待が持てる町でした。 ![]() 倉吉探訪、 まだまだ続きます。 ![]() 探訪日:2011.08.31-09.04 再び、鳥取探訪です。
第10弾。 今回から、倉吉です。 ![]() 倉吉は、 鳥取県のほほ中央に位置する町。 『白壁土蔵群』に代表される古い町並みが残されています。 ![]() この白壁土蔵群は、 江戸から明治にかけて建てられたもの。 ![]() 白壁土蔵群を含むエリアは、 国の重要伝統的建造物保存地区に選定されています ![]() これらの建物を中心として、 町おこしが行われています。 ![]() その中心的存在なのが「赤瓦」。 ![]() この地域の瓦は赤い「石州瓦」が多く、 独特な風景を作っています。 ![]() その地域の特徴である赤瓦から名を取り、 一般市民・行政・商工会議所・金融機関などが 出資して設立されたのが「赤瓦」。 町おこしのための会社です。 ![]() 古い建物を改修し、 現在、 一番館から十四番館(欠番もあり)まで カフェやギャラリー、観光物産などのお店に活用されています。 ![]() この赤瓦があるエリアが、 観光の拠点となっています。 この町おこしの手法は、 長浜の「黒壁」を参考にしたそうです。 ![]() 倉吉探訪、続きます。 探訪日:2011.08.31-09.04 奈良井探訪第6弾。
奈良井宿には、 町屋以外にも古い建物が残されています。 明治42年(1909)に開業した奈良井駅。 ![]() 建物自体はそれほど古いものではありませんが、 近代化されていないところが、 奈良井宿の玄関口としては、 ピッタリです。 ![]() 大谷石でできた蔵です。 ![]() 遥々、宇都宮から運んだのでしょうか。 昭和初期に建てられた 『奈良井診療所』。 ![]() 奈良井宿には珍しい洋館です。 何とも味わいのある鳥居のある、 『荒沢不動尊』。 ![]() 宿場の南端に位置する 『鎭(しずね)神社』。 ![]() 市指定の文化財です。 ![]() 派手な狛犬が迎えてくれます。 ![]() 町屋の中から、 街道はこう見えます。 ![]() 彼らも、 ここの住人? ![]() 探訪日:2011.06.17 奈良井探訪第5弾。
奈良井宿は、 多くの建物が店舗として利用されています。 ![]() それぞれのお店が 店先のディスプレイにも気を使っています。 ![]() それを見て廻るだけでも、 楽しい時間が過ごせます。 ![]() ちょっとした工夫で、 全然違うものに見えます。 ![]() 暖簾に工夫するお店あり、 ![]() 売っているものを 格子にディスプレイするお店あり、 ![]() 傘も立派なディスプレイになっています。 ![]() 季節の花を活ける店あり、 ![]() ザルも使い方次第。 ![]() この狸、 ![]() 奈良井の主のような存在です。 探訪日:2011.06.17
奈良井探訪第4弾。
今回は、 奈良井宿で見かけた看板たち。 ![]() 古い町並みと似合うように、 ![]() いろいろ工夫されています。 ![]() 掲げられた看板で、 何屋さんかが分かります。 ![]() こういう町並みには、 やはり、純和風。 ![]() 杉玉は、 造り酒屋のシンボル。 ![]() でも、中には…。 ![]() これはこれで、 また、違った面白みがあります。 ![]() 落ち着いた町並みには、 ![]() さり気なさが大切です。 ![]() 探訪日:2011.06.17
再び、奈良井探訪。
第3弾。 江戸時代にタイムスリップしたような奈良井宿。 大火に見舞われなかったため、 このような古い町並みが残されました。 ![]() 「奈良井」という名前の由来は諸説あるようですが、 奈良井城城主・奈良井義高(ならいよしたか)-生没年未詳-由来説が 地元では通説となっているようです。 ![]() 木曽氏の一族とも、信濃三村氏の一族ともいわれていますが、 詳細は不明で謎の多い人物です。 天正10年(1582)に 大宝寺を建立したり、 鎮神社を移設した記録が残っています。 ![]() 天文(1532-1539)中期ころまで木曽氏と同盟関係にありましたが、 天文末期には武田氏に従っています。 ![]() 武田氏支配下に入ってからは、 木曽氏の監視役としての役割を担っていたようです。 のちに木曽義昌に討たれました。 ![]() 奈良井宿の建物の特徴は、 二階部分が少しせり出した出梁(だしばり)造り、 ![]() そして、 袖うだつです。 ![]() 江戸時代から 曲げ物、櫛、漆器などの木工業が盛んで、 今も多くのお店でお土産として売られています。 ![]() 水場も街道沿いに6ヶ所あり、 清らかな水を旅人に提供しています。 ![]() 何度訪れても、 新鮮な刺激があります。 ![]() 探訪日:2011.06.17 < 前のページ次のページ >
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