日本庭園、レトロな建物、古い町並みなどを巡っています。
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カテゴリ:廃墟( 5 )

長野そぞろ歩き:北国街道を歩く・古間~妙高(その2)

北国街道歩きの2回目。

一茶記念館で見かけた繩結機。

初めて見ました。


途中、

こんなレトロな橋もありました。

「新寿橋」。


本線の国道18号は、

お隣りを走っています。


シーズンオフで、

観光客がほとんど見られない「野尻湖」。


沖に釣り客のボートは見えますが、

湖畔は寂しい限りです。


こういう廃墟が一層寂しさを増し…。


いつ頃まで、

お店をやっていたのでしょう…。


この日、

雨は明け方で止んだものの、

妙高山は雲の中。


上信越自動車道ができるまでは、

この国道18号が主要幹線。


この辺りは、

この手のホテルが乱立していました。


しかし、

今は廃墟となり、


心霊スポットとして有名だそうです。


探訪日:2016.06.25


by j-garden-hirasato | 2016-07-01 05:22 | 廃墟 | Comments(22)

廃墟探訪:小串鉱山跡(その4)

『小串鉱山跡』の4回目。
この日、
天候には恵まれましたが、
やはり、
ここの空気は独特。
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散策中、
なぜか常に緊張状態。
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この車は、
鉱山の閉鎖後、
かなり経ってから捨てられたものでしょう。
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崩れかけている高台の
端で見つけたゴミの山。
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これは、
閉山当時のもののようです。
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当時、
住区だった場所には、
遊具がポツンと残されていました。
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学校のあったのでしょうか。
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住宅地だった場所は、
樹林に呑まれていました。
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住区のあった下段から、
工場のあった上段を眺めています。
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オフロードバイクがあれば、
楽に行けます。
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これにて、終了。

探訪日:2013.05.25
by j-garden-hirasato | 2013-06-19 05:36 | 廃墟 | Comments(16)

廃墟探訪:小串鉱山跡(その3)

『小串鉱山跡』の3回目。
かつて、
確かにあった鉱山の町。
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残骸の数々が
あちこちに見られます。
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放置されたトラック。
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もはや、
トラックの荷台だか
分からなくなっているものも。
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リアカーを発見!
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よく流されずに
残っているものです。
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土砂に埋もれた電柱。
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当時は、
まだ木製が一般的でした。
サッカーのゴールポスト。
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落ちていた煉瓦には、
「MINO」の刻印。
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メーカーでしょうか。
「小」の意味は?
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おー、三尊石!
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では、ないでしょう。
続く。

探訪日:2013.05.25
by j-garden-hirasato | 2013-06-17 06:00 | 廃墟 | Comments(16)

廃墟探訪:小串鉱山跡(その2)

『小串鉱山跡』の2回目。
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昭和16年(1941)、太平洋戦争が勃発。
戦時中は戦争資材の補強のため、
鉱山施設の鉄類を供出させられながらも操業を続け、
昭和20年(1945)、終戦を迎えます。
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戦後は硫黄の用途がパルプ・化学繊維などの分野に広がり、
さらに朝鮮戦争による特需景気で、
硫黄ブームに湧きます。
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昭和30年(1955)から始まる高度経済成長期では、
化繊・パルプ・農薬等の需要が急増。
硫黄の需要に供給が追い付かず、
アメリカから価格の安い硫黄を輸入されるようになります。
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昭和33年(1958)には一転して生産過剰となり、
小串鉱業所も人員整理を行なう結果となりました。
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昭和34年(1959)には県道-万座線から分岐して、
小串鉱山までの車道8kmが開通。
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昭和37年(1962)12月31日の
小串鉱山に在籍する子供から大人までの総人数は、
1,517名を数えました。
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昭和38年(1963)になると、
コストの安い回収硫黄の影響を受け、
硫黄価格が下落。
国内の硫黄鉱山が22から15に整理されます。
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昭和40年(1965)、
村立小串幼稚園が新築開園、園児84名。
このとき、
1,300名が生活をしていました。
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昭和41年(1966)、
全国規模で石化燃料の回収硫黄が増産。
昭和43年(1968)には鉱山の経営が困難となります。
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その後、
コストの安い回収硫黄に移行し、
昭和46年(1971)には硫黄の販売が停止され、
42年間の事業を終えて閉山。
ついに「ヤマ」の灯は消えました。
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まだまだ、続きます。
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探訪日:2013.05.25
by j-garden-hirasato | 2013-06-13 06:46 | 廃墟 | Comments(18)

廃墟探訪:小串鉱山跡(その1)

リベンジで訪れた『小串鉱山跡』。
いよいよ本編です。
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長野県と群馬県の県境に位置する毛無峠(1,823m)。
毛無峠からは徒歩で、
ツヅラ折りの砂利道を下ります。
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大正5年(1916)、
長野県側の高井村で硫黄の露頭が発見され、
「高井鉱山」として事業を開始。
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その後、硫黄資源が減少、
大正12年(1923)、
県境を越えた群馬県側に硫黄鉱床を発見し、
そこに鉱区を移します。
これが「小串鉱山」の始まりです。
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大正14年(1925)、
高井鉱山から小串鉱山まで索道を延長し、
硫黄の採掘が本格化します。
鉱山が群馬県にありながら、
硫黄製品の運搬は長野県、
という特殊な事業形態となりました。
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これは、
長野県側の長野電鉄須坂駅が市場への出荷駅として
インフラ整備をされていたからです。
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昭和4年(1929)、
三井物産(株)が小串鉱山を買収。
事業は北海道硫黄(株)に移譲され、
「小串鉱業所」として操業が受け継がれます。
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この年、鉱業所に私塾が設けられ、
社員が教師となって子供達の授業を開始します。
家族が住み着いたということで、
標高1,650mという高地に鉱山街が誕生しました。
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昭和12年(1937)、
大規模な地すべりが2度にわたって発生。
死者245名、負傷者32名という大惨事になりました。
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三井物産は昼夜兼行で復旧作業を行い、
その年の12月には、
臨時校舎を整備し、
授業が再開されています。
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地すべりの原因については、
製煉の排気ガスによって樹木が枯れ、
山地の保水能力が失われたため
と考えられています。
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続く。
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探訪日:2013.05.25
by j-garden-hirasato | 2013-06-11 06:21 | 廃墟 | Comments(18)