日本庭園、レトロな建物、古い町並みなどを巡っています。
by j-garden-hirasato
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
ブログジャンル
タグ
カテゴリ
全体
庭園
文化財
土木遺産
町並み
伝統
季節
芸術
風景
スポーツ

仏像
空港
祭り
土木構造物

商業施設
北アルプス

レトロな建物
歴史的建物
神社仏閣
美術館・博物館
街道歩き
そぞろ歩き
ランドスケープ
公園
遊具
イベント
日常
長野
鉄道
自然
山岳
廃墟
映画
港・漁港
高原
海辺
温泉地
観光地
スタジアム


動物
現代建築
産業遺産
遺産
バイク
未分類
検索
記事ランキング
お気に入りブログ
Slow Life
BLOWIN' IN T...
京都写真(Kyoto P...
シャシンとノート(臺灣編)
Another  war...
漂泊のブロガー2 
みどりのたより
*un deux trois*
Musta96 Mono...
夏の道
smile 自然の散歩道
レトロな建物を訪ねて
風の色を探して。。。
歌ったり 走ったり 考えたり
一茎草花
花景色-K.W.C. P...
京都でお仕事してます!!
かもすブログ
CAFE LATTE
TOM's Garage
カフェ・ロッジ パルチザン
N-style
はーとらんど写真感
夢と希望
Voyagers ......
おすすめサイト
自社HP 『庭園探訪
は、ただいま閉鎖中。
再開をめざして、ただいま再構築中。

ブログ
苗成長日記
自然保護レンジャーの日記
蕎麦喰らいの日記
雪だるま倶楽部
最新のコメント
はじめまして。 長野県..
by ほしがき at 16:14
北斎館と小布施、興味あり..
by shinmemo0417 at 23:46
こんにちは^^ 昨..
by iris304 at 18:27
素敵なショットと解説から..
by siawasekun at 03:18
小布施ですか。 栗、大..
by kwc_photo at 23:29
モンブラン・・・・良いで..
by ninja2005y at 22:00
小布施と言えば栗・・・ ..
by blackfacesheep2 at 21:16
木漏れ日が気持ち良さそう..
by yaguchitenga at 18:36
こんにちは^^ 小布施..
by risaya-827b at 16:56
小布施って、街づくりがお..
by N-styel at 15:42
栗、大好きです 天津甘..
by aitoyuuki32 at 12:25
小布施の街も電線を地下に..
by umi_bari at 11:17
おはようございます!! ..
by voyagers-x at 11:06
おはよう。 日差しが夏..
by ejichan555 at 10:20
ちょっと外れにうまいそば..
by saheizi-inokori at 09:20
小布施は古い町並みを ..
by gipsypapa at 09:01
> 舗装材にも栗が採用 ..
by London Caller at 06:18
雪だるまがこの界隈を良く..
by 雪だるま at 05:50
sarutvさん、コメン..
by j-garden-hirasato at 05:03
aozoracafe12..
by j-garden-hirasato at 05:00
最新のトラックバック
Manchester P..
from 英国紀行
Manchester P..
from 英国紀行
Manchester P..
from 英国紀行
Rhodes Hotel..
from 英国紀行
THE BLACK HO..
from 英国紀行
Canterbury C..
from 英国紀行
Churchill Gu..
from 英国紀行
HOPE ANCHOR ..
from 英国紀行
Seaside B&B ..
from 英国紀行
Manchester P..
from 英国紀行
以前の記事
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
more...
ライフログ
画像一覧


カテゴリ:廃墟( 5 )

長野そぞろ歩き:北国街道を歩く・古間~妙高(その2)

北国街道歩きの2回目。

一茶記念館で見かけた繩結機。

初めて見ました。


途中、

こんなレトロな橋もありました。

「新寿橋」。


本線の国道18号は、

お隣りを走っています。


シーズンオフで、

観光客がほとんど見られない「野尻湖」。


沖に釣り客のボートは見えますが、

湖畔は寂しい限りです。


こういう廃墟が一層寂しさを増し…。


いつ頃まで、

お店をやっていたのでしょう…。


この日、

雨は明け方で止んだものの、

妙高山は雲の中。


上信越自動車道ができるまでは、

この国道18号が主要幹線。


この辺りは、

この手のホテルが乱立していました。


しかし、

今は廃墟となり、


心霊スポットとして有名だそうです。


探訪日:2016.06.25


by j-garden-hirasato | 2016-07-01 05:22 | 廃墟 | Comments(22)

廃墟探訪:小串鉱山跡(その4)

『小串鉱山跡』の4回目。
この日、
天候には恵まれましたが、
やはり、
ここの空気は独特。
f0049074_5302470.jpg

散策中、
なぜか常に緊張状態。
f0049074_5304792.jpg

この車は、
鉱山の閉鎖後、
かなり経ってから捨てられたものでしょう。
f0049074_5311133.jpg

崩れかけている高台の
端で見つけたゴミの山。
f0049074_5313426.jpg

これは、
閉山当時のもののようです。
f0049074_5315696.jpg

当時、
住区だった場所には、
遊具がポツンと残されていました。
f0049074_533997.jpg

学校のあったのでしょうか。
f0049074_5333644.jpg

住宅地だった場所は、
樹林に呑まれていました。
f0049074_5335825.jpg

住区のあった下段から、
工場のあった上段を眺めています。
f0049074_5342340.jpg

オフロードバイクがあれば、
楽に行けます。
f0049074_5344910.jpg

これにて、終了。

探訪日:2013.05.25
by j-garden-hirasato | 2013-06-19 05:36 | 廃墟 | Comments(16)

廃墟探訪:小串鉱山跡(その3)

『小串鉱山跡』の3回目。
かつて、
確かにあった鉱山の町。
f0049074_5515953.jpg

残骸の数々が
あちこちに見られます。
f0049074_5523286.jpg

放置されたトラック。
f0049074_553365.jpg

もはや、
トラックの荷台だか
分からなくなっているものも。
f0049074_5541193.jpg

リアカーを発見!
f0049074_5544490.jpg

よく流されずに
残っているものです。
f0049074_5551587.jpg

土砂に埋もれた電柱。
f0049074_5554637.jpg

当時は、
まだ木製が一般的でした。
サッカーのゴールポスト。
f0049074_5563265.jpg

落ちていた煉瓦には、
「MINO」の刻印。
f0049074_5571772.jpg

メーカーでしょうか。
「小」の意味は?
f0049074_5575820.jpg

おー、三尊石!
f0049074_5584418.jpg

では、ないでしょう。
続く。

探訪日:2013.05.25
by j-garden-hirasato | 2013-06-17 06:00 | 廃墟 | Comments(16)

廃墟探訪:小串鉱山跡(その2)

『小串鉱山跡』の2回目。
f0049074_64097.jpg

昭和16年(1941)、太平洋戦争が勃発。
戦時中は戦争資材の補強のため、
鉱山施設の鉄類を供出させられながらも操業を続け、
昭和20年(1945)、終戦を迎えます。
f0049074_6403051.jpg

戦後は硫黄の用途がパルプ・化学繊維などの分野に広がり、
さらに朝鮮戦争による特需景気で、
硫黄ブームに湧きます。
f0049074_6405147.jpg

昭和30年(1955)から始まる高度経済成長期では、
化繊・パルプ・農薬等の需要が急増。
硫黄の需要に供給が追い付かず、
アメリカから価格の安い硫黄を輸入されるようになります。
f0049074_6411131.jpg

昭和33年(1958)には一転して生産過剰となり、
小串鉱業所も人員整理を行なう結果となりました。
f0049074_6413317.jpg

昭和34年(1959)には県道-万座線から分岐して、
小串鉱山までの車道8kmが開通。
f0049074_6415547.jpg

昭和37年(1962)12月31日の
小串鉱山に在籍する子供から大人までの総人数は、
1,517名を数えました。
f0049074_6421971.jpg

昭和38年(1963)になると、
コストの安い回収硫黄の影響を受け、
硫黄価格が下落。
国内の硫黄鉱山が22から15に整理されます。
f0049074_6423862.jpg

昭和40年(1965)、
村立小串幼稚園が新築開園、園児84名。
このとき、
1,300名が生活をしていました。
f0049074_5254849.jpg

昭和41年(1966)、
全国規模で石化燃料の回収硫黄が増産。
昭和43年(1968)には鉱山の経営が困難となります。
f0049074_6432897.jpg

その後、
コストの安い回収硫黄に移行し、
昭和46年(1971)には硫黄の販売が停止され、
42年間の事業を終えて閉山。
ついに「ヤマ」の灯は消えました。
f0049074_6435116.jpg

まだまだ、続きます。
f0049074_6441013.jpg

探訪日:2013.05.25
by j-garden-hirasato | 2013-06-13 06:46 | 廃墟 | Comments(18)

廃墟探訪:小串鉱山跡(その1)

リベンジで訪れた『小串鉱山跡』。
いよいよ本編です。
f0049074_6114088.jpg

長野県と群馬県の県境に位置する毛無峠(1,823m)。
毛無峠からは徒歩で、
ツヅラ折りの砂利道を下ります。
f0049074_612936.jpg

大正5年(1916)、
長野県側の高井村で硫黄の露頭が発見され、
「高井鉱山」として事業を開始。
f0049074_6123067.jpg

その後、硫黄資源が減少、
大正12年(1923)、
県境を越えた群馬県側に硫黄鉱床を発見し、
そこに鉱区を移します。
これが「小串鉱山」の始まりです。
f0049074_6125939.jpg

大正14年(1925)、
高井鉱山から小串鉱山まで索道を延長し、
硫黄の採掘が本格化します。
鉱山が群馬県にありながら、
硫黄製品の運搬は長野県、
という特殊な事業形態となりました。
f0049074_6132897.jpg

これは、
長野県側の長野電鉄須坂駅が市場への出荷駅として
インフラ整備をされていたからです。
f0049074_6201021.jpg

昭和4年(1929)、
三井物産(株)が小串鉱山を買収。
事業は北海道硫黄(株)に移譲され、
「小串鉱業所」として操業が受け継がれます。
f0049074_6142451.jpg

この年、鉱業所に私塾が設けられ、
社員が教師となって子供達の授業を開始します。
家族が住み着いたということで、
標高1,650mという高地に鉱山街が誕生しました。
f0049074_6145195.jpg

昭和12年(1937)、
大規模な地すべりが2度にわたって発生。
死者245名、負傷者32名という大惨事になりました。
f0049074_6152042.jpg

三井物産は昼夜兼行で復旧作業を行い、
その年の12月には、
臨時校舎を整備し、
授業が再開されています。
f0049074_6154674.jpg

地すべりの原因については、
製煉の排気ガスによって樹木が枯れ、
山地の保水能力が失われたため
と考えられています。
f0049074_6161023.jpg

続く。
f0049074_6163738.jpg

探訪日:2013.05.25
by j-garden-hirasato | 2013-06-11 06:21 | 廃墟 | Comments(18)